東京地方裁判所 昭和32年(ワ)10478号 判決 1958年9月04日
事実
原告は請求原因として、被告東京精機株式会社は次の約束手形二通を振り出した((一)金額三十万円、支払期日昭和三十一年十二月六日、振出日同年九月七日、受取人東神精機株式会社、(二)金額四十七万五千円、支払期日昭和三十二年八月二十日、振出日同年六月二十日、受取人東神精機株式会社)が、原告は(一)の手形を昭和三十一年九月十日、(二)の手形を同三十二年六月二十二日にそれぞれ受取人から裏書譲渡を受け現にその所持人である。そして(一)の手形については支払期日に支払場所で呈示したが支払を拒絶された。そこで被告に対し、右手形金合計七十七万五千円と、(一)の手形金に対する支払期日から完済まで年六分の法定利息、(二)の手形金に対しては右手形は支払のための呈示をしていないので、本件訴状送達の翌日である昭和三十三年一月十九日から完済まで年六分の遅延損害金の支払を求めると主張した。
被告東京精機株式会社は、抗弁として、原告主張(一)の手形は被告が東神精機株式会社代表者から依頼され、いわゆる融通手形として振り出したものであり、(二)の手形は被告が右会社にゲーヂ製品の下請製作を注文し、その前渡金として振り出したところ、同会社は受注品を納入しないので右手形は被告に返還することになつたものである。原告は右事情を知りながら東神精機株式会社代表者の依頼で右各手形を割引のため譲渡を受けたものであるから、原告の本訴請求は失当であると抗争した。
理由
証拠によれば、(一)の手形は、被告が東神精機株式会社との間に菓子製造用の機械を下請製作せしめる契約を締結したところ、同会社は約旨に反して製作をなさず、却つてその材料購入資金に窮して被告に金融方を求めてきたので、被告はいわゆる融通手形として右手形を振り出したものであることが認められる。しかしながら、原告が右事情を知りながら右手形を取得したという事実については何らこれを認むべき証拠がない。
次に(二)の手形についてみると、証拠を併せ考えると、この手形も(一)の手形と同様の趣旨で振り出されたものと認めるのが相当である。そして(一)の手形につき前記したように、融通手形とはいえ、被告と東神精機株式会社との間の機械製作下請契約にもとずく同会社の材料購入資金の融通のためのものであるから、実質的には被告から同会社に対する下請代金前渡の意味が含まれていると解すべきである。そして原告本人尋問の結果によれば、原告は(二)の手形取得当時その振出の事情が前記のようなものであることを知つていたことが認められる。しかし、これだけでは原告が悪意の取得者であると認められないことはもちろんであるから、なおこの点を検討すれば、(二)の手形を原告が取得したのは(一)の手形が不渡になつた―その不渡の理由は弁論の全趣旨によれば契約不履行によるものである―後であること、および(二)の手形が三回ほど書き替えられたものであることすなわちその以前の各手形が支払われなかつたということは比較的原告に不利な事実ではあるけれども、なおこれだけで原告が右手形債務が支払義務なきに至る―たとえば前記下請契約が不履行により解除されて―ことを当時熟知していたとは認めがたいのであり、そのほかに右事実を認めるに足る証拠はない。却つて原告本人尋問の結果によれば東神精機株式会社代表者森沢亀一は、(二)の手形を原告に裏書する際、原告に対し、(一)の手形と異なつて今回は品物を納入したから大丈夫であると告げ、原告もこれを信用したことが認められるし、また(二)の手形を被告が何回も書き替えたことは、むしろ被告が下請契約の履行をあくまで求める態度ともとれるわけであるから、原告が悪意で取得したものとは認められない。